竹の歴史

 日本で竹が生育していたという記録は、縄文時代にさかのぼります。また、古事記(712年)や日本書紀(720年)等には、タケノコが食用や薬用として利用された記録があります。

 食用タケノコの代表竹種となっているモウソウチクは中国からの渡来種で、元和元(1615)年、立花町上辺春の正光寺に辺春隼人助が中国から持ち帰って植栽して県内各地に広まったと伝えられています。

 当時は仏事用など自家消費に利用されていましたが、明治初期頃から物々交換用として利用され始めました。しかし、青果用としては保存性が悪く輸送手段が乏しい時代であったため商品として定着できなかったのですが、大正4(1915)年、白木村の久賀文七らによって始められた缶詰製造が、本格的な生産のきっかけとなりました。その後、行政による竹林振興事業により各地でモウソウチク林が育成され、タケノコ振興の気運が高まる中、昭和50年代のピークを迎えるまで農山村の重要な収入源となっていました。

 しかし、タケノコ景気にいち早く目を付けた商社などにより低価格で生産できる中国での技術指導が徹底し、中国産輸入タケノコが増大すると共に価格の崩壊が始まりました。さらに少子高齢化による後継者不足とあいまってタケノコの生産量は激減しました。その結果、放置竹林が増加し農地や植林地への侵入による被害や、山地の保水力の低下による災害への影響が深刻な問題となっています。

 竹の地下茎は、1年間に約2メートル伸びるといわれています。また、竹の地下茎は浅く、地表付近(地中ほぼ1メートル以内)を横に這うように広がっています。竹林の放置化が進むと、地下茎が枯れて保水能力がなくなることで土砂災害の原因にもなります。

 これらの問題解決に向けて、竹を新たな資源として捉え、竹資源による地域の再生を目指しています。

参考文献:福岡県森林技術センター研究報告書第4号(野中重之)

(イラスト)竹の歴史

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