八女あれこれ30 「わが師、わが友」その十三

八女津媛に遭う話

「歴史」という師は私たちに素晴らしい文化戝?を残してくれました。「八女」という地名です。私は市立横町町家交流館で観光団との「対話役」として勤務していますが、観光団の多くの人が「八女の地名が持つ温かみ」に感動されます。「八女」の名の起こりはご存知のように、現存最古の史書「日本書紀」の景行紀に出てくる女神・八女津媛の名から採られました。
或る日、来館の児童グループから『八女津媛さんに誰かお会いになった人がありますか』の突飛な質問がありました。「媛に遭った話」は矢部地区在住の詩人、椎窓猛先生の名著「椎の実の四季」などにも記録されています。出典は江戸後期の平戸藩主、松浦静山の随筆集「甲子夜話」です。「夜話」巻十二の第四条を現代文に直して抄出します。

「江戸中期の話。或る日、立花藩の家臣某が狩をするため、鉄砲を持って矢部地区の山に入った。その朝はこれまでの朝と違い、良い香りが空気に満ちていたので“一寸おかしいな”と思いながら、身の丈ほどの茅がおい茂った原っぱを進んでいった。そうすると人もいないのに、茅の草原が自然に左、右に分れ何物かが山を降るようだった。某は道の傍らによけていると地上三米位の空中を、厳かなスタイルをした、まさに絵にかいたような美しい天女が袖をひらひらさせて麓を指して進まれた。某は驚き、鉄砲を倒し平伏して見送った。この話を聞いた同藩の学者肌の臼井省吾は『その天女は八女津媛であろう。いまでも神のみたまが輝いていたのか』と語った」
第四条には「媛に遭った士の話」が前記のほか二話あります。

(写真)八女津媛神社

八女津媛を祭神とした八女津媛神社は、八女市北矢部にあります。矢部川の支流、樅鶴川に沿ってしばらく上ると「神の巌」と神秘的な名を持つ集落があります。そこから急坂を上りつめたところに神社はこじんまりと鎮座していました。

背後の岩壁には大洞窟(高さ約七メートル、幅約三〇メートル、奥行き約九〇メートル)が口を開け、近くには樹齢推定六百年の権現杉(直径目高一・六九メートル)などの巨木群が繁り、神域にはおごそかな雰囲が漂い、いまにも女神が空中を散歩されるのではないか、としばし待ちましたが媛とお会いすることは出来ませんでした。

神社の創建は養老三年(七一九年)と矢部村誌にあります。

八女津媛は卑弥呼か

(写真)八女津媛:像

古代史小説の作家黒岩重吾先生(故人)は生前の平成四年、NHKのテレビ「歴史発見」で『三世紀前半期の邪馬台国の女王、卑弥呼は実は八女津媛であろう』と明言され、大きな反響がありました。私の記憶では黒岩先生はテレビ司会者を前に「八女津媛」の「八女」の字の意味を強調されました。女王卑弥呼の存在は「魏志倭人伝」(以下「倭人伝」)に記録されています。「倭人伝」とは三世紀ごろ中国の官史が書いたもので、そのころの倭国(日本)の政治、社会、産物、習俗などを約二千字で紹介しています。卑弥呼の生活の一部も記述しています。意訳して抜き書きします。

「卑弥呼は年配の女性だが夫はなく男弟が政治を助けている。王となってからの彼女に会った者は少なく、婢(召使い女)千人をみずから侍らせている…」
黒岩先生は右記の「婢千人」と「八女」は同じ意味ではないか、と次のように語られました。
「『八女』の『八』は単なる数ではなく『数が多い』の意味があります。例えば『八百屋』や『嘘八百』など。だから『八女』は『多数の女性』という表現と同じで『婢千人』と合致するのです」と。

黒岩先生は晩年八女市にも度々来訪され、八女津媛にまつわる講演もありました。しかし、平成十五年三月七日、七十九歳で逝去されました。私が驚いたことは、先生の文学館「黒岩重吾の世界」室(以下「黒岩室」)が平成十七年、母校の奈良県宇陀市、県立大宇陀高校内に開館していることでした。県立校内に卒業生の文学館とは奇抜なアイデアです。去る日、高校に電話しました。担当の先生は『黒岩室は図書館の一室を当てており、寄贈された千余冊の著書と歴史書を展示、在校生の利用は多い。一般人の利用は土、日曜の午前九時半から午後三時半までです』とのことでした。

前出の「倭人伝」には卑弥呼が魏王へ貢物を献上した記録があります。一こまを意訳して引きます。
「景初三年(二三九年)倭王卑弥呼の家臣が男生口四人、女生口六人(生口は奴隷のこと)と班布二匹二丈を奉って到来した」
織物の「班布」とはどんな織物だったのでしょうか。現物が中国にも残っていないので推理する以外にありません。班布の正体については諸説があります。しかし、十数年前に福岡市で開講された「古代織物講座」で、講師の京都芸術短大教授、小谷次男先生は『班布は絣織りの布と解釈しています』と明言されました。古代絣となれば八女地方でも生産していた可能性があり、「卑弥呼の実体は八女津媛」の黒岩重吾説に一段と重みが加わります。私の夢は尽きません。

追記 十年間のご愛読ありがとうございました。
(八女ふるさと塾塾長/松田久彦)

松田久彦さんの「続八女あれこれ」は今回をもって終了します。長い間ありがとうございました。次回からは吉村誠さん(黒木町)による連載(奇数月)をおおくりします。

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