八女あれこれ28 「わが師、わが友」その十一

名匠訪問

(写真)木下さん

久しぶりに九州木工界の一方の旗頭で名匠の木下肥丸さん(82)=八女市新町=を訪ねました。木下さんは指物師(木を組み立ててタンスや戸棚、机などを作る職人さん)で四代目です。木下さんの半生記については15年前に他紙に少し書きましたので少々重複します。
木下さんは23歳のときに仕事場の火事で全身に大ヤケドを負われ、5年間の入院で手術は五十数回に及びました。指物師の生命である指は右手の3本のみが健全なだけで、他は障害が残りました。50年前の話です。指物師の道を断念されることになり、お得意様だった近所の坂本繁二郎画伯を閉業あいさつのために訪ねました。そこで画伯から『最後の仕事に仏壇を作ってください』と注文されました。木下さんは動く3本の指だけで、長い期間をかけて唐木仏壇を作り届けられました。出来上がった仏壇を前に画伯は口を開かれました。
『よく出来ているじゃないですか。君は指が3本しか使えないというが、指や手は単なる道具です。モノを作り出す力は精神力、全霊です。これは私のような画家の場合も同じことです。がんばりなさい。』
坂本画伯の言葉を支えとして指物の道で再起されたのでした。それから50年、仏壇(唐木)、茶道具、文房具など、次々に名品を発表され、今では九州木工界に木下在りと言われています。

松田『今のような不況でモノが売れない時代、職人さんの生き方は?』
木下『後輩たちもこの不況は堪えています。私も打開策はよくわかりませんが、とにかく「自分が使いたいモノを作ってみたらどうか」と彼らを指導しています。』
木下さん自身が「自分が使いたいモノ」として2年前に作られた大型戸棚(図)をはじめて公開されました。素材はけやき材です。戸棚は奇抜なアイデアの実用品ですが工芸品の趣があります。
高さと幅は270センチと大型で奥行きが60センチ、居間(表)と炊事場(裏)の両方から使える奇抜な仕掛けになっています。

(イラスト)大型戸棚と表側設計図

]抽斗は奥行き25センチとし表と裏側の両方から別々の抽斗になっています。
設計をみます。表側からの上段は五枚の開き戸があり、棚には大型の食器をしまう。中段大型戸棚の表側設計図は3枚の引き戸と2枚の開き戸で中の棚は中型の食器入れ、下段は4枚の引き戸で棚には日常使う日用雑器入れ、下段左端には23枚の小型抽斗があり、薬や眼鏡、ハンカチなどが入っています。裏(炊事場)側の設計は別です。
開き戸、引き戸の取っ手のデザインすなわち上段の一、二、三、四や中段の丸、三角、四角の文様、下段の「日々好日」の文字はすべて彫刻です。下段の小型抽斗のつまみの文様はいろはになど23文字の彫刻です。

これらのデザインは木下さんが信心されている「博多の仙�さん」(福岡市聖福寺百二十三代住職だった禅僧、寛延三年〈1750年〉〜天保八年〈1837年〉)と島根県雲南市にある山本空外記念館の空外上人(僧侶で哲学者、明治三十五年〈1902年〉〜平成十三年〈2001年〉)が残された書画から借用されたものです。取っ手などすべて世間ばなれした趣のある作品となっています。
なお空外記念館には空外先生が生前、木下さんに依頼されて作られた木製厨子が展示されています。
表と裏側両面利用の指物はその後、後輩が数点作り、売れ行きは良好だった、と聞きました。

モノにも命あり

話が少々飛躍します。
私はこれまでの体験から、職人さんがつくる様々のモノには命が宿ることを知りました。竹細工の名匠だった石橋謙吾さん(平成18年99歳で逝去)は生前こんな風に語られていました。『大カゴ(桑の葉入れ)を作るときは生物の竹材の霊に感謝し、合掌し「どうかカイコさんが良く育ちますように…」と祈って作りました。そうすると私の気力がカゴに移りカイコがよく育ちました』と。前述の木下さんは『職人衆は誰でも神様、仏様に対する信仰心が強くあります。私もモノを作るときは石橋老と同じような祈りがあります。作者の精気が作ったモノに命を与えるのだと信じています』と語られました。

僧侶で工業デザイナーの栄久庵憲司先生(79)は若き日の体験を次のように語られていました。(平成21年8月29日付西日本新聞)
『モノの世界にも命があると感じたのは20歳前でした。袈裟を着てお盆参りに行った暑い夏の日、帰りのバスを待っていたら茶屋のおばあさんがかき氷を出してくれました。「ありがとう」と手を差し出すと同時に持っていたガラスの器が手から滑り落ちました。コンクリートの地面だったのに、これが不思議と割れなかった。おばあさんの青年僧を思う気持ちと私の率直な感謝の気持ちが共鳴して、その心がガラスに宿って割れなかったと納得しています。』

モノを作る人の祈りと使う人の感謝の心がモノに生命を与えるのだ、と私は解しています。
(八女ふるさと塾塾長/松田久彦)

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