八女あれこれ21 「わが師、わが友」その四

隠れキリシタン

近世、現在の三井郡大刀洗町を中心とした筑後地方に「隠れキリシタン」が多数潜伏していた、という新聞記事(西日本新聞、平成20年6月18日付)がありました。「隠れキリシタン」とは「近世、キリシタン禁制後、表面は棄教しながら実は信仰を持続していた信者のこと」(広辞苑)です。十数年前に私は前記の大刀洗町今地区を数週間訪ね、今村カトリック教会の当時の神父、糸永武男先生と同地区在住で隠れキリシタンの末裔だった平田松雄さん(平成16年、86歳で逝去)を師として「隠れキリシタンの一側面」を学びました。(後述)

中世から近世初期にかけて筑後地方にはかなり多数のキリシタンがいました。しかし「島原の乱」(寛永14年、1637年10月から3か月間の宗教一揆)で死を恐れない信者たちの徹底抗戦の姿に幕府は恐怖感を強くし、キリシタン禁制を強化しました。

久留米藩では領内からキリシタンが発見され、それを口実に幕府から領地没収などの処罰を受けることを恐れ取締りを厳しくしました。二代藩主、有馬忠頼は寛永20年(1643年)2月に幕府の懸賞金以外に

宣教師の訴人には銀150枚
修道士の訴人には銀100枚
キリシタンの訴人には銀50枚

と藩独自の莫大な懸賞をかけてキリシタンの根絶をはかりました。(「八女市史」)懸賞金は幕末まで次々に増額されキリシタン禁令は久留米藩の最重要な基本方針となりました。前記の密告制度のほかにキリスト、マリアの絵像を足で踏ませる「踏絵」も全領民を対象として厳しく行われ改宗しないものは死罪に処しました。前出、今地区の伝承によると、時代は不明ですがジョアン又右衛門(平田又右衛門か)という信者が捕らえられ近くの旧本郷村で磔刑になりました。二百数十年間の取締りで筑後地区からキリシタンは絶滅したと思われていました。

明治維新で「宗教は自由」となりました。これを機に名乗り出た隠れキリシタンは旧久留米藩内(筑後地方の約半分)だけで15、6村から約1800人を数えました。(田中幸夫著「久留米路の旅」)この数字の多さにそれまで弾圧を加えていた側の方が「250年間もよくぞ生きのびたものだ」と驚いたほどでした。

(写真)今村カトリック教会天主堂(大刀洗町)

前出の隠れキリシタンの末裔、平田松雄さんから生前にお聞きした話によると、旧今村地区で150年間秘密が守られたのは「庄屋も5人組も村民500人が全村的にキリシタン集団であったこと」が第一とのことでした。また今村地区では藩の弾圧を逃れるため仏教寺院の檀家になり葬式は僧侶主導の仏式で行い、僧侶が帰ったあとキリシタンだけの「お経消し」の祈祷を行い入棺していた、とのことでした。長い潜伏期間でキリスト教は民間信仰と習合したりして特異な宗教に変形している場合もありました。

南蛮文化はつづく

キリシタンを含む南蛮文化の影響は今も強く残っています。当時のポルトガル語が日本語化して今日に残っているものが意外と多いのに驚きました。

コンペイトウ(金平糖)、パン、カステラ、タバコ、シャボン(石けん)、コップ、ボタン、カッパ(合羽)、ラシャ(羅紗)、サラサ(更紗)など。(田村仲義著「外来文化受容史論」)

八女地方で南蛮文化の影響を受けている産物に久留米絣と鵜の池縞があります。明治期に最盛期だった縞織物の「しま」は数百年前に南洋諸島の島から島を渡って来たデザインだったので「しま」(縞)の名称がつきました。(広辞苑)久留米絣は寛政11年頃(1799年頃)久留米の織り子、井上伝さんの工夫によって創始された、となっています。しかし、経糸、緯糸を組み合わせて織る技術はすでに伝さんの生誕以前に南蛮文化として九州地方に伝播していました。(久留米市史、第13巻)

久留米絣のすべてを研究するグループが先日、福島高校に生まれました。「絣の歴史」について質問を受けましたので去る日、担当教師の龍直子先生と研究生代表、橋爪宗一郎、入江雅敏、大石晃巳の三君を横町町家交流館にお招きして90分間の学習を行いました。話はさらに変わります。

(写真)下川織物会社の藍畑

「わが友」の経営者の中で独創性の強い人は下川織物会社(津江)の下川富彌さん(66)とご長男の強臓さん(36)です。お二人は今年から津江の農園360坪に染料に使う藍草と木綿を生む棉の木を試作しました。藍も棉の木もルーツは南蛮品種ですが100年前までは筑後地方の特産品でした。現在は絶滅しています。それの復活を遊び心(下川氏談)で試みられているのです。第一期の藍草つみ(6月)には前記の福島高校生ら10名が参加しました。晩秋には藍と棉は種子をつけます。希望者には種子を配布されるとのこと。下川織物の電話(0943-22-2427)で受付。

南蛮文化の技は今日も静かにつづいています。

(日本民芸協団八女支部 顧問/松田久彦)

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