八女あれこれ22 「わが師、わが友」その五

(イラスト)八女あれこれ22

黒柿材の箪笥

 私は市立横町町家交流館に月のうち数日間、解説員として出勤しています。昨年、同館の企画として「箪笥展」がありました。市内外の人々の協力を得て各種類のたんす即ち衣裳、船、帳、銭など十数点が揃いました。
 話を黒柿材の衣裳たんす(写真)からはじめます。私はかつて「黒柿」という家具材は、すべて東南アジアからの輸入材と思っていました。広辞苑に「黒柿はカキノキ科の常緑高木で台湾フィリピンに産す…」とあるからです。しかし、数年前に新町の田中進翁(平成16年88歳で逝去)から黒柿が八女地方の山奥に多く産することを学びました。田中翁の体験談を聞き樹齢数百年の渋柿の芯に黒色の木目が走っていることを教わりました。田中翁は生前、約30年間、材木商を営まれていた人で木材博士?エピソードはすでに本紙に書きました。写真のたんすは八女地方産の黒柿を素材として八女地方の工人が作ったものだろうと推定しました。

お夏清十郎

八女地方は江戸中期から昭和の戦前まで木材を組み立てて箱などを作る指物師が多数、健在でした。ちなみに福島仏壇を文政4年(1821年)に創始した遠渡三作さんは宮野町在住の指物師でした。遠渡さんに続く職人衆は多数で、八女地方の学校の机や図書館の書棚、または婚礼用のたんすなどの木工品はすべて地元在住の職人さんが地元産の素材(杉、黒柿、けやきなど)で作っていました。しかし、江戸期から水運基地として栄えていた大川地区には高い技術力を持った船大工さんが多数おり、この船大工さん達が百年位前からたんす作りへと転換したため、家具類の主産地は大川地方へ移りました。

(写真)黒柿材たんす

写真の黒柿材たんすのサイズは横180センチ、高さ170センチ、扉と引き違い戸は3カ所、たんすの生命である抽斗は九杯ありますがすべて一枚板です。黒芯の径は20センチもあり、柿の木の母体は直径80センチ以上の樹齢400年近い老木だったと推定されます。古民芸品研究家の峰松陸朗氏は『大正期の作で、市価は200万円は下らないでしょう』と査定されました。

 たんすという家具が庶民の生活用具として普及し始めたのは時代的にいつ頃だったのでしょうか。これのヒントを教わったのは数年前、奈良市在住の随筆家N女史からでした。女史が八女市の町並みと伝統工芸の取材で来訪され、私が案内したときでした。
『近松のお夏清十郎の芝居で悲劇の問題点として使われているのがたんすです。だからその頃、庶民の間にたんすは普及していたのでしょう』と。
私は図書館で近松門左衛門(承応2年〈1653年〉〜享保9年〈1724年〉)の小説「お夏清十郎五十年忌歌念仏」を読みました。内容は播州姫路の米問屋、但馬屋の娘、お夏と手代(店員)清十郎との悲恋物語。寛文元年(1661年)実際にあった事件を近松が芝居用に書いたもので、大阪の竹本座で初演されたのは宝永四年(1707年)でざっと300年前です。
「手代清十郎とお夏は相思相愛だった。一方朋輩の手代勘十郎はお夏に片思いで、二人の仲を裂こうと店のお金70両(現在では約1千万円)を清十郎のたんすの中に隠して置き、主人の目の前で開けてみせる。清十郎は盗人だ、として追放される。勘十郎の悪だくみを知った清十郎はその夜、店に忍び込み勘十郎を殺そうとして誤って同輩の源十郎を殺して逃げ出す。お夏は狂乱して清十郎の後を追う。清十郎は捕えられ獄門(さらし首)となる。お夏はのち尼となって清十郎の後世を弔ったという物語」
300年前ごろにはすでにたんすは店員階級まで普及していたことがわかります。

八女のからくり職人

 展示されたたんすの中には機関仕掛の抽斗を持つものもありました。昔は現代のように鉄製の金庫がなかったので、たんすの抽斗を金銭の隠し場所としたのです。
筑後地方には大正期ごろまでからくり技術を持った職人が数人いました。代表的な人は久留米通町生まれのからくり儀右衛門こと田中久重翁(寛政11年〈1799年〉〜明治14年〈1881年〉)です。抽斗のツマミを回しておけば他の者には開けられない硯箱や水からくり仕掛で踊る人形も作りました。久重翁はのちに偉大な発明王となりますが、後日詳報します。
八女地方でからくり技術の職人さんは平地区の大工、内野宇太郎さん(昭和4年、74歳で逝去)。宇太郎さんは九州大学名誉教授内野健一先生の三代前のご先祖です。かつて内野家に伝わる「百年間の備忘録」を拝読しました。それによると宇太郎さんは町なかから頼まれてからくり技術を使った用具を作られています。たんすの抽斗のなかに箱が隠れている「二重箱」や押入れの底を二重にした「隠し金庫」などで一時はからくり技術がセールスポイントになったようです。

「我以外はすべて師である」は江戸前期の剣豪、宮本武蔵の言です。以上の拙文でおわかりのように、この言葉が私の信条です。

(日本民芸協団八女支部 顧問/松田久彦)

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