八女あれこれ19 「わが師、わが友」その二

歴史に残る農学者

(写真)「朝鮮半島の農法と農民」

「朝鮮半島の農法と農民」
は八女市立図書館にあります

昨年暮に八女市出身の農学者(故人)を主人公とした記録文学が出版されました。河田宏著「朝鮮全土を歩いた日本人・農学者、高橋昇の生涯」(以下「高橋昇の生涯」)で、記録文学界で注目を集めています。(西日本新聞1月20日付)同著の内容は植民地時代の朝鮮で農業開発に生涯を捧げ、歴史的な大著「朝鮮半島の農法と農民」を著した農学者、高橋昇先生の評伝です。

まず、先生の略歴を一筆。
1892年(明治25年)12月、八女郡上妻村津江(現八女市)にて父梯(かけはし)岩次郎の二男として出生、上妻小学校、明善中学校、第七高等学校(鹿児島)、東京帝大農学部卒(この間に黒木町の高橋家の養子となる)1919年(大正8年)朝鮮総督府勧業模範場(京畿道(キョンド)水原(スウォン))に技手として赴任、1926年から28年にかけて米国、ドイツに留学、帰国後、総督府農事試験場西鮮支場長(黄海道(フォンヘド)沙里院(サリウォン))1934年(昭和9年)農学博士に、1944年(昭和19年)水原本場総務部長、1945年(昭和20年)敗戦、韓国側の懇請を受けて後進指導のため残留し翌年5月に帰国、同年7月20日福島町本町の親戚宅にて急死、55歳。
先生の朝鮮時代の写真が数枚残っています。ずんぐりした体格でギョロ目、アゴに一束のヒゲを蓄えて威厳の中にもどこか温情が感じられる容貌です。気性は朝鮮時代の部下達が残した記録によると、先生は自分が計画したことはとことんやり抜く不屈の精神の持ち主だったとのことです。

大著「朝鮮半島の農法と農民」(以下「農法と農民」)は八女市立図書館にありました。B5判、サイズは縦27・5センチ、幅20・5センチ、厚さ7センチ、1292頁で重さは3キログラム、出版社未来社、定価10万円の分厚い本です。私は農学のことは暗いです。だから同書の学術的価値を京大名誉教授飯沼二郎氏の同書「序文」と新聞掲載文に探り抄出します。
「植民地下の朝鮮には日本の“すぐれた“?農業技術を上から農民に教えこむことを目的として朝鮮総督府農事試験場が設けられた。しかし同試験場の技師、高橋昇は総督府の指示と違って、朝鮮農民が昔から行ってきた農法に基づいて、農業の指導をしなければならないと考えて試験場勤務の26年間に暇をみては朝鮮人農家を一戸一戸訪ねて農業調査を行った。その足跡は朝鮮全土に及び、その調査資料は厖大な量に達した。(原稿用紙で約一万三千枚、写真千五百枚、地図類二百六十枚外)敗戦となりその資料は高橋とその部下達によって故郷の八女市に持ち帰られたが、高橋は急逝された。以来50年、遺児高橋甲四郎(八女市津江)の必死の努力によって出版されたのが「農法と農民」である。この論稿は今では全く得がたい資料であり、こんごの韓国および朝鮮農業の真の近代化の基礎を明らかにするものである」と同書価値の永久性を述べられています。同書は当時の韓国大統領金(キム)大中(デジュン)氏と朝鮮国防委員長、金(キム)正日(ジョンイル)氏に寄贈され後日、両国から丁寧な礼状が届きました。

「生き方」に感銘

高橋昇先生の西鮮支場長時代の「生き方」に私は感動しました。
「高橋昇の生涯」によると先生が西鮮支場長に就かれた昭和前期ごろの農試内の若い技師たちは、実験室内の仕事やほ場試験のみにこだわる毎日で、朝鮮人農家の実態調査などは「泥くさい非科学的なもの」として無視していました。しかし高橋先生は「朝鮮の農民達は数百年にわたって固有の風土の中で工夫に工夫を重ねて最善と思われる農法を築いてきたのです。まず朝鮮人農家に飛び込んで彼らから農法を謙虚に教えてもらうことが仕事の第一歩です」と農学者としてはじめてフィールド・ワークを重視する指導をされ、先生自らも実践されたのでした。先生の行動の基本には、その当時の日本人の多くが持っていた朝鮮人蔑視の思想は微塵もなく「日本人と朝鮮人は対等」とする強い人道主義がありました。「高橋昇の生涯」には数ヵ所、西鮮支場時代の部下達の思い出が記録されています。抄出します。
「高橋支場長がある実験なり企画なりを思いつくと、昼だろうと夜だろうと突然部下達は招集される。そして徹夜で議論する。腹が空くと馬鈴薯にバターを付けて食べながら話しつづけた」
高橋先生は生活の中で部下たちに「仕事」とはどういう事か、「寝食を忘れるぐらいに打ち込める仕事の素晴らしさ」などを教えていたのでした。
同支場出身の部下達は日本の敗戦後に農林省にかえり中堅幹部に、また同支場にいた朝鮮人技師達は独立した韓国で農政官僚の中枢を占める人材となりました。

追記 「農法と農民」が刊行されるまでの50年間にわたるご子息、高橋甲四郎さんの孝心とご努力には頭が下がりました。詳しくは同氏著「父の遺稿」(海鳥社)があります。
(日本民芸協団八女支部 顧問/ 松田久彦)

(八女ふるさと塾塾長/松田久彦)

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