矢部ある記(5)矢部村教育の祖

江碕済先生と矢部小学校

(写真)江碕・田中先生をつなぐ善正寺の碑

江碕済(えさきわたる)先生は久留米藩の生まれ、藩校明善堂に学んだ漢学者です。先生と矢部村には、深い関わりがあります。済先生は、江戸に上って安井息軒塾に入門、文明開化に沸く東京で一年間学び帰郷しました。ところが明治4年、山口県庁を襲い久留米藩に逃げ込んだ奇兵隊幹部大楽源太郎の事件が起こります。政府の追及を避け、友人と三名で大渕(黒木町)の五條家を訪ねると、第21代頼長公は、矢部村桑取藪の農家を紹介したのです。久留米から50キロも奥地でした。
南北朝時代、良成親王を守った忠臣の子孫がいる地です。しかし、山中の厳しさに耐えず友人は山を下り、済先生は独り晴耕雨読の日々でした。そこへ、「漢学のご教授を」と、青年たちがはるか奥地まで登って来たのです。こうして桑取藪に近代教育の灯が点されました。
昭和45年には、済先生の孫で元国会議員稲富稜人(たかと)氏が「江碕済先生開塾の地跡」の石碑を建立、今も健在です。
明治政府は学制を発布、太政官布告による「邑ニ不学ノ戸ナク、家ニ不学ノ徒ナカラシメン事ヲ期ス」に喜んだ済先生は、学校創設に動き、明治6年春、村の中心地宮ノ尾の民家に八女郡で町村名を付す最初の学校「矢部小学校」を開きます。
同8年には新築して青年の矢部塾も開講、黒木塾・北汭(ほくぜい)義塾へと連なっていきます。この間、三越の創立者日比翁助・陸軍大将仁田原重行・ポテト王牛島謹爾はじめ多くの門下生が巣立ちました。先生は矢部村教育の祖であり八女教学の祖でもあります。
矢部村には、済先生の形見が二つあります。一は大杣公園「三水之井」の撰文、一は後半の「田中智旭先生碑」の撰文。前者には建立に携わった人の刻もあり、知友の先人に出会えるかもしれません。

田中智旭先生

矢部小学校の校長を務めた江碕済先生の部下であり門下生だったのが田中智旭(ちきょく)先生です。矢部村殊正寺にある善正寺(ぜんしょう)の住職で、15~20歳を木屋光善(こうぜん)寺住職藐姑射石門(はこやせきもん)の私塾修文館に通い、漢学を修めました。性淡白・寛容にして貴賤なし。漢書に浸り勤勉・出会う人と親愛・休暇は出かけて交遊・また人を招き意見交換・酒を好む――との伝承があります。
当寺前住職の田中瑞城(みずき)氏を訪ねました。
「祖母の話をうっすら覚えている。祖父智旭は本堂横のがらんとした部屋にこもり、夜遅く出てきては台所の火鉢で暖をとり、酒を一杯飲んで寝ていたそうだ。勉強は経典でなく漢学の書だったと聞く。部屋は冬期寒かったろうが、眠気を防ぐ、また勤行(ごんぎょう)の意味もあったのではないか。裏書に梅渓智旭とある修文館時代の学則を光善寺に持参したら、貴重な品だ、大切に保管をと言われた」など、話していただきました。

いくつかエピソードがあります。
住職としては、寺が末寺のため毎年上納金が課せられる。そこで、門徒より金子を集め、京都の本山へ請い本寺格にしてもらった。村の世話人が同行、矢部から豊後方面へ山越しをした。帰りは御前岳ふもとまで馬で迎えに行ったという。智旭氏は道中記を書き世話人の一人に与えたそうだが、どこにあるのか不明。
研究者としては、読書に没頭。三千余の書に囲まれ、眠くなれば伏せ目覚めたらまた読むという生活で、給料はほとんど本代。母君が「本ばかり買わず、少しは衣類を」と言われると「本を着てがまんしよう」との答えだった。
教育者としては、明治9年黒木に移る済先生の後を託され、終生教育に尽くした。矢部小学校の教師に推薦した青年を自宅へ連れ帰り、毎週指導法を伝授したという。
門生から村長・村会議員が育っています。智旭先生の没後、二百人の門下生で建立した石碑が寺の境内にあり、教育関係者・先生ゆかりの訪問は跡を絶たなかったそうです。

文部省の表彰

「教育より仕事」という時代、学校の月謝は大きな負担で、子どもたちは学校へ行けませんでした。済・智旭両先生は、家々を訪ね教育の大切さを説いて回ったのです。努力が実り、明治14年飯干(いぼし)と柴庵(しばいお)(後の高巣)、翌15年には日出(ひいで)に分校が開校、大正2年の御側(おそば)分校と本校矢部小を合わせ後年矢部村5小学校が並びました。
智旭先生の勤勉さ・教育功労は高く評価され、後年(明治21年町村合併の頃か)文部省より奨励賞を賜っています。賞状は不明ながら、副賞「康煕(こうき)字典」と菊水紋様黒漆の硯(すずり)箱が、善正寺に大切に保管されています。

矢部村 山口久幸

康煕字典は清朝に61年間君臨、聖祖と称される第4代康煕帝が命じ1716年完成。画引き字典で、四万七千余字を収納する最も権威ある字典。本品は東京鳳文館M16製 参考~矢部村誌・松尾文郎著「江碕山脈」・矢部村郷土史(昭和53年)・善正寺田中瑞城前住職の話

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