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五條家は、明経道を司る公家として代々朝廷に仕え、南北朝時代、始祖・五條頼元は後醍醐天皇の信任厚く、南北朝の争乱に際し幼少の征西将軍懐良親王の補佐役として随行し九州に下向しました。また、北朝勢力の打倒を謀るため、肥後の菊池氏とともに忠勤を尽くしました。
重要文化財指定の文書の中には、後醍醐天皇最終の綸旨や武家文書など南朝方の動向を物語る史料群369通17巻があります。「八幡大菩薩旗」1幅は、困難な復原事業完了後の昭和51年に重要文化財に附指定されています。 「金烏の御旗(きんうのみはた)」と称され、後醍醐天皇が、皇子懐良親王を征西将軍に任命した時、その「しるし」として、節刀と共に授けられたものと伝えられます。
毎年、9月23日の「御旗祭」で一般公開(雨天時は写真版)を行っています。
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