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古墳とその他の文化財

【更新日時: 2010年1月11日

●乗場古墳(のりば)
墳丘長約70mの前方後円墳で、6世紀中頃の装飾古墳です。大正11年に国指定となりました。後円部の南側には複室構造横穴式石室の入口があります。石室内部には赤・黄・青の3色を使った三角文や同心円文などの文様が描かれていますが、保護のため現在は閉鎖されています。出土した環頭大刀柄頭・人物埴輪・玉・馬具などは岩戸山歴史資料館に展示されています。(所在地)八女市大字吉田(交通)西鉄バス福島高校前から徒歩3分



岩戸山古墳(いわとやま)●岩戸山古墳(いわとやま)
北部九州最大の前方後円墳で墳丘長約135m、後円部径約60m、前方部幅約90m、高さ約17m、周堤を含めると185mにもなります。古墳の東北部には祭祀が行われていた別区を持っています。

 

その規模や内容が筑後風土記の逸文とほぼ合致することから、古事記や日本書紀にも登場する「筑後国造磐井」が生前に造った墓といわれ、築造者と築造年代が判明している貴重な古墳として昭和30年に国指定となりました。未調査のため古墳内部についてはあまり分かっていませんが、電気探査により小型の横穴式石室らしきものの存在が確認されました。

 

100点以上出土した石人石馬などの阿蘇凝灰岩製石製品は、現在は岩戸山歴史資料館に展示されていますが、江戸時代福島城の城壁などに石材として使用されたという過去もあります。(所在地)八女市大字吉田(交通)西鉄バス福島高校前から徒歩5分



●丸山塚古墳(まるやまづか)
直径33m、高さ5.3mの大型円墳で、かつては周堤があったということです。昭和53年に国指定となりました。主体部は複室構造の横穴式石室で、玄室の奥壁、羨道、玄門の袖石に赤・緑・黄の3色を使った円文・三角文・蕨手文が描かれています。6世紀後半のものと思われる装飾古墳です。現在春には桜が咲き誇りお花見に最適です。(所在地)八女市大字宅間田 (交通)西鉄バス福島高校前から徒歩20分


●丸山古墳(まるやま)
八女古墳群の最も東に位置する全長約48mの前方後円墳です。昭和53年に国指定となりました。発掘調査は行われていませんが、墳丘の形やくびれ部から発見された円筒埴輪などから6世紀中頃のものと思われます。北には金製垂飾付耳飾りや埴輪が出土した立山山古墳群があります。(所在地)八女市大字本、八女勤労者体育センタ−入り口(交通)堀川バス忠見から徒歩15分



●茶臼塚古墳(ちゃうすづか)
直径約24m、高さ5.3mの円墳です。昭和53年に国指定となりました。墳丘頂部は盗掘により陥没していますが、石室に関連した石材は確認されていません。発掘調査は行われていませんが、出土した円筒埴輪や墳丘の規模・形状などから6世紀後半ごろのものと思われます。(所在地)八女市大字宅間田(交通)西鉄バス福島高校前から徒歩20分


童男山古墳●童男山古墳(どうなんざん)
直径約48mの大型円墳です。昭和31年に県指定となりました。

 

主体部は複室の横穴式石室です。玄室には凝灰岩製の巨大な石屋形があり、中にはくり抜きの石棺が納められています。6世紀後半のものと思われます。

 

地元では古来から、中国から渡来した徐福の墓ということで旅の安全祈願の対象として、童男山(とうなさん)という名称から耳の神様として祀られてきました。

 

毎年1月20日には、「童男山ふすべ」が行われます。

(所在地)八女市大字山内、福岡県立ふれあいの家南筑後南

(交通)堀川バス上山内から徒歩5分


●岩戸山4号古墳(下茶屋古墳)
岩戸山古墳の西方150mに位置する直径30mの大型円墳です。平成6年に市指定となりました。内部主体は大型古墳には珍しい三室構造の横穴式石室です。石室に使用された石材は非常に大きく、丁寧な加工が施されています。石室が開口していた鎌倉時代には地場信仰の対象となっており、奥壁に「卍」が刻み込まれています。7世紀初め頃のものと思われます。(所在地)八女市大字吉田(交通)西鉄バス福島高校前から徒歩10分

立山山古墳群●立山山古墳群
八女市本(字立山)に所在し、昭和56年から58年にかけて3次にわたる発掘調査が行われました。調査の結果、5世紀から6世紀にかけての古墳が発見され、総数40基以上が確認されることとなりました。その中でも、8号墳からはわが国での発見は大変珍しい朝鮮半島からの伝来品と見られる金製垂飾付耳飾りや、馬・猪・人物などの形象埴輪が発見されました。また13号墳からは馬に乗る貴人埴輪・人物埴輪などが発見されています。


●釘崎古墳群(くぎさき)
豊福地区に所在する、円墳8基・前方後円墳4基から成る古墳群です。調査された3号墳(前方後円墳)からは、鏡や大刀、馬具などが出土しています。


●鶴見山古墳(つるみやま)
豊福地区に所在する、墳丘長85mの前方後円墳です。八女古墳群中、最後に築造された前方後円墳で、筑紫君磐井と関係の深い人物が葬られていると考えられます。

 

その他の文化財

眼鏡橋●宮ヶ原橋
八女市宮ヶ原に所在し、星野川にかかる4連の眼鏡橋です。1922年、石工棟梁山下佐太郎によって建設されました。


●長野の五輪塔群
八女市長野に所在し、星野川改修時に右岸から発見された石塔を集めたものです。詳しい時期は不明ですが、江戸時代以前に造られたものが多いようです。


●蒲原の眼鏡橋
八女市蒲原に所在する全長4.2mの眼鏡橋です。農道の一部として現在も使われており、建設時のままの姿を今に残しています。


●深田遺跡
八女市酒井田・緒玉に所在する4世紀前半頃の豪族居館跡です。八女古墳群の成立を考える上で大変貴重な遺跡です。


●六反田遺跡
八女市新庄に所在する縄文時代から奈良時代にかけての遺跡で、住居跡や甕棺墓、土壙などが発見されています。特に甕棺墓は122基が集中して発見されており、周辺に大集落があることが予想されます。

 

●鷹尾城
現在の山内地区に勢力を張っていた戦国武将川崎氏が本城として構えた犬尾城の支城です。土塁や堀が現在もよく残っています。

●立山山窯跡群
関西以西では大変めずらしい古墳時代の埴輪専用の窯跡です。2基調査され、現在現状のまま保存されています。


●豊福の石人
豊福の石人祠にある武装石人です。豊福周辺から出土したと伝えられていますが、時期は不明です。国の重要美術品に指定されています。


●亀甲遺跡
室岡に所在する弥生時代前期の環濠集落跡です。弥生時代の本格的な始まりを示す貴重な遺跡といえます。


●本の眼鏡橋
八女市本に所在する全長4.8mの眼鏡橋。現在は上部表面がコンクリートで覆われ車道として使用されているため、下流側からかろうじて橋の一部が見える程度です。

 

●福島城跡
天正15年(1573年)、筑紫広門が郡内支配の拠点として立てていた館を、関ヶ原合戦後田中吉政が大改造し上妻郡支配の拠点として構えたと伝えられています。それ以後福島町は城下町として発展していきました。初代城主は吉政の三男田中康政。



●やせ仏
八女市大字大籠の正八幡宮神社の北側に祭られている仏像で、その姿は釈迦苦行像の様に痩せています。「山の庄屋」と呼ばれる旧家に伝えられていたもので、年に2回の縁日は露天が並ぶほどの賑わいだったようです。現在は地元の人達の手で守り継がれています。

 


 

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 教育部文化課文化財係(電話:23−1982)まで